東洋のマンチェスターと呼ばれるほど大阪が日本の商都として繁栄した大正から昭和のはじめ、住友や鴻池といった財閥とは違った新興勢力が登場していた。それが紡績・繊維といったいわゆる綿業で、その業界のビジネスクラブとして、1931年東洋紡の岡常夫専務の遺族の寄付によってつくられたのがこの綿業会館(正式名称「社団法人日本綿業倶楽部」)。
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決して大きくない建物の外観は地味ながらルネッサンス仕様の華やかさが感じられ、内装は細部にいたるまで決め細やかに重厚かつ優雅さを感じさせる。
日本の名建築家、渡辺節の傑作のひとつに数えられるが、同じころに市民の寄付で再建されたあの巨大な大阪城の3倍もの費用がかかったというほどの贅沢な造りの代物で、日本経済を動かしていた綿業の力を感じさせる。
市の歴史資料にも指定されている。 |
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場所:大阪市中央区備後町2-5
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